看護師が燃え尽きないために必要な知・情・意とは

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以前の雑誌にですが
燃え尽きにくい看護師というのは
「知・情・意」のバランスが取れている人だろうと
書いていた文章がありました。

 

 

それは、長年、看護師をされていた
看護部長クラスの方々に
燃え尽きないでいられる看護師は
どのような人かと
その筆者が尋ねたことろ

 

 

患者に巻き込まれずに一歩引いて
自他を見る目を持てることと
語ってくれた件からの筆者の考えでした。

 

 

 

「知」は認知、
「情」は共感力、
「意」は態度を示す言葉です。

 

 
この3つについて、
私なりに感じたことを
勝手ながら
肉付けさせてもらいたいと思います。

 

 

 

「知」の認知というのは、
患者さんに巻き込まれない冷静な頭のことを
この文脈では言っておられます。

 

 

 

巻き込まれると
看護師の中では
やはり客観性を持つことが
難しくなっています。

 

 

 

その患者さんの苦しみに
あたかも自分も一緒に
苦しむような思いになり
ケアの方向性が見えなくなることを
看護の場面においては
言っているのだと思います。

 

 

 

他にも例えば
頻繁に怒りをぶつけて来られる方などは
看護師にとっては
巻き込まれの状況に
陥りやすいかと思います。

 

 

 

話しを聞くだけで
賛同したかと受け取られたり
少し異なる意見を言おうものなら
烈火のごとく怒りをぶつけてきたり
という方も中にはいらっしゃいます。

 

 

 

そんな時
そのように怒りを向けずにいられない
その方に「何が起こっているのか」
と冷静に考える視点が必要です。

 

患者さんに
「何が起こっているのか」を
整理して考え、理解できるだけで

 

 

 

状況は変わっていないにしても
巻き込まれに陥った看護師にとっては
ホッとする思いになります。
これにより患者さんの捉え方が
変ってくるからです。

 

 

 

すると患者さんへのその後の関わりや
ケアにも変化が生まれてきます。

 

 

 
このように客観性は
看護師が新たな視点を見い出すことで
その患者さんにとって
本当に必要なケアに繋がっていく
とても大事なものとなります。

 

 

 

しかし、その患者さんに
「何が起こっているのか」
を的確に理解するために
必要になってくるのは
やはり患者さんに共感する姿勢です。

 

 

ただ客観的な目ばかりで
患者さんを離れたところでしか見れないと
患者さんにとって本当に必要なケアに
繋げることは難しいでしょう。

 

 

 

共感は客観性とは
全く逆のはたらきです。
客観性が頭のはたらきなら
共感は心のはたらきです。

 

 

患者さんが何に苦しみ、
何に怒りを感じているのかなど
あたかも患者さんと
一体になったかのように感じる
心のはたらきです。

 

 

 

しかし、そのつもりで
患者さんを理解しようとして近づき、
巻き込まれに陥る。

 

 

 

そこでそのような時の
もう一つの方法は
看護師が自分自身を客観視することです。

 

しかしそれは自分一人では
とても難しいことです。

 

 

なぜなら
自分の姿は鏡がなければ見えないように
自分の心も誰かがいてくれないと
わからないものだからです。

 

 

 

そこで
聞いてくれる誰かに、
巻き込まれに陥っている
自分自身を語るのです。

 

 

 

誰かに語ることで
この患者さんの前で
自分に何が起こっているのかが見えてきます。
そこに気づくことは
辛いことでも嫌な気分になることでもありません。

 

 

 

もしかしたら
患者さんの苦しみに
まだ癒されていない
自分の過去の心の傷が刺激され、
その都度、頭を
もたげているのかもしれません。

 

 

 

もしかしたら
患者さんの怒りに
反応してしまう
自分の恐れの正体が
見えてくるかもしれません。

 

 

 

ですがそれは
その患者さんとの出会いを通して
あなた自身に
気づいてもらえるのを
ずっと待っていた部分ではないかと思います。

 

 

本当は癒してほしかった。
本当は目を向けてほしかった。
そんな部分だったのだと思います。

 

 

 

そこにあなた自身が気づき
必要だった癒しや
自分への理解
温かいまなざしを向けることができた時

 

 

患者さんの苦しみに
責任を持って引き受けられる自分
なれるのだと思います。

 

 

自分の辛さや苦しさを
言葉で、身体で、態度で
必死に出しておられる患者さんに

 

 

 

自分も命がけで
寄り添わせてもらおうと
覚悟できる看護師
なれるのだと思います。

 

 

 

これが冒頭に出てきた
「知・情・意」の
「意」の部分だと思います。

 

 

 

 


 

 

 

 

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