終末期の患者さんにとって食べるということは

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食事というのは、ほぼ、どの方にとっても
1日の中の楽しみであることが多いです。

 

ですが、
お看取りが近づいてくると
次第に食が細くなり、
食べるということを体が欲しなくなります。

 

そうなってくると、
食事はだんだん楽しみなものではなくなっていきます。

 

 

周囲の方々は少しでもご本人に
生きていてほしいという願いもあり
食が細くなっても、一口二口と
口元まで運ぶ方もたくさんおられます。

 

 

そんな時は、ご家族の心情にも配慮し
言葉を選びながら
ご本人の身体状況をお伝えします。 

 

そして

 

終末期の患者さんにとっては
食べたい時に 食べたいものを
食べたい量で味わう。 楽しむ。

 

そんなスタンスが
ご本人にとっても
負担にならないことを
お伝えしていきます。

 

 

しかし、食べることが楽しみとは
言えなくなってきている状況の中でも
ご本人自らが食べようとなさる方もいます。

 

 

ある方も、そんな患者さんの一人でした。

 

 

 「食べなきゃいけない」と思い込んで
無理して食べようとする方には
「無理しなくていいんですよ」と声を掛けます。

 

 

「せっかく作ってくれたのに悪い」とか
「食事は食べるものだ」と思い込んでいる
患者さんには、です。

 

 

そんな一言を掛けるだけで、
ホッとする方もおられます。

 

 

しかしその方は、
ご家族はもちろん
ご自身も「頑張って」食べたい方でした。

 

 

ある日、夕食を運んだ時のことです。
ベッドで横になっているその方に尋ねると
「食べる」と頷きました。

 
体はぐったりしているのですが、
ご自分の体の状況を超えてでも
何とか食べたいという意志が感じられました。

 

 

「生きたい」という言葉を代弁するかのような
意志をです。

 

 

そのような方には
「無理しなくていいんですよ」とは、
とても言えません。

 

 

無理をしてでも食べたいであろう、
その気持ちを大事にします。

 

 

体を起こすのが精一杯ですから、
食べるのは
誰かが介助しなくてはなりません。

 

 

ご家族はそばにいるのですが、
患者さんはむせやすい状況におり
介助をするのは難しい状況でした。

 
むせやすい中で物を食べるのは、
肺炎などのリスクを伴います。

 

 

一口、二口とゆっくり、
その方に確かめながら、口へ運びます。
患者さんも私も真剣です。

 

 

時間は掛かりましたが、
その日の夕食は久々に
全てを食べることができました。

 

 

ご家族もご本人ももちろん
大変喜ばれていましたが、
私自身も嬉しくて、
感動が込み上げました。

 

 

頑張って食べたご本人が、
とてもけなげに、
愛しく感じられたのです。

 

 

「よかったですね。全部食べられましたね」と、
抱きつかんばかりに
喜び合いました。 

 

 

ご本人の頑張り、
生きたいという願いは、
支え続けることができます。

 

その一食はその気持ちを支える
貴重な一食となり、
かけがえのない一口となります。

 
食事の時間は、
ホスピスでも
とても大切な時間でした。

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