看護師が陥りがちな傾向と掛けたい言葉

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看護師の傾向として
私が特に感じていることは
自分のできない部分
不足な部分に
目が行きやすいということです。

 

 

そのように感じてしまうのも
無理はないと思います。

 

 

なぜなら看護の仕事は
「うまくできて当たり前」
「いつも最善のケアをしなければならない」
「常に進歩をしなくてはならない」
「常に配慮や気遣いを
絶え間なく繰り返さなくてはならない」

 

 

 

などの数多くの前提が
暗黙のうちにあるからです。

 

 

 

患者さんの立場からすると
当然のことではあるのですが

 

 

 

看護師が
目まぐるしい日勤や
休憩も少ない気の抜けない夜勤
あるいは一人で多くの責任を負うような
そんな中で働く時

 

 

 

どうしても自分の観察力
アセスメント力の不足、
知識不足を感じる場面が多々あります。

 

 

 

 

勉強しなければと思いつつ
それを補う学びを
自分でするだけの
気力も残っていません。

 

 

 

今の自分に満足しながら
働いている看護師は
ほとんどいないのではないでしょうか。

 

 

 

常々思っていますが
看護師は頑張り屋集団です。
身体も心も折れそうになったり
プレッシャーに耐えながら
働いています。

 

 

 

その中で、やはり
「できていない自分」
をことあるごとに見ていくこと
だんだん自分を追いつめていきます

 

 

できていないところに
目を向けるというのは
自尊感情、自己効力感などを下げ
心のエネルギーを奪うものとなります。

 

 

するとますます
自分の能力を下げ、
また落ち込む
ということを繰り返します。

 

 

 

その悪循環から抜け出すために
できることはいくつかはあると思います。

 

 
・仕事で「できていること」に目を向ける
・「できて当たり前」などという仕事の見方を変える
・落ち込みを誰かに話す
・好きなこと、得意なことを行う時間を持つ
・自分の力が発揮できると思える場所に身を置く

 

 

 

などです。
しかし私が今、
こんな思いを抱えている
かつての同僚に掛けたいと思う言葉は

 

 

 

「十分よく頑張っているよ」
という言葉です。

 

 

 

彼女が言うように
もしかしたら本当に

不十分なところはたくさん
あるのかも
しれませんが

 

 

 

 

不十分なこと、
気が付かないこと、
時に失敗してしまうことなどは
もちろんわざとではありません。

 

 

 

仕事は彼女の
精一杯でやっています。
心を尽くして
誠実にやっています。
生死に関わる事態に
なったわけでもありません。

 

 

 

自分を責めることは
本当はないのです。

 

 

もし
それでも自分が苦しく感じるなら
信用のおける口の堅い誰か
できればあまり
意見を挟まない誰かに

 

 

 

「苦しい」と感じる部分
話してみてほしいのです。

 

 

 

気持ちを晴らしてくれるような
気の合う友達でも
もちろんいいのですが

 

 

 

落ち込んで袋小路に入っている時は
励ましや気晴らしだけでは
本当の気持ちに
目を向けにくくなるかもしれません。

 

 

 

でも少しでも話すことで
あなたに必ず

 

 

ホッとできる気持ちがやってきたり
また頑張ろうって思えたり

 

 

 

もしかしたら
「ここにいることに
こだわらなくてもいいのかもしれない」
って思うかもしれません。

 

 

 

この場でだけ
もう少しおせっかいを
言わせてもらうと

 

 

あなたの輝きやあなたの魅力を
曇らせてしまうところにいるのは
もったいないと思うのです。

 

 

そこで働こうと別の場で働こうと
看護師であろうとなかろうと
人間として、とても
いとおしいあなたなのですから

 

 

 

自分のできていないところに目を向け
輝きを曇らせてばかりいるのは
もったいないと思うのです。

 

 

 

私のかつての同僚には
そんな言葉を掛けたくなるような
頑張っている看護師が
たくさんいます。

 

 

 

 


 

 

 

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