看護師が持っている人間としての力とはどのようなものがあるか

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前回で少し触れた
看護師の人間性の回復や
主体性の発揮について

 

今回は
詳しく書きたいと思います。

 

 

最初に
看護師、という前に
人間の本質とは
どのようなものをいうのかから
触れていきたいと思います。

 

 

 

 

ここは私のもう一つの専門分野である
カウンセリングの切り口から
入ってみたいと思います。

 

 

 

カウンセリング概論(伊藤博著)によりますと
人間というのは

 

 

本来主体的な存在であり
本来「独自的」な存在であり
本来「創造的」な存在であり
本来「社会的」な存在であり
本来「全体的」あるいは「統合的」な存在である

と書かれています。

 

 

 

 

これらの特性のうち
「主体性」は最も根源的なもの
と言われています。

 

 

 

 

「主体性」は広辞苑に
「主体となって働くこと。
対象に対して働きを及ぼすこと。
自発的能動性。
実践的であること」と書かれています。

 

 

 

 

「自発的」「能動的」「実践的」
であるということが
中心の性質と考えられます。

 

 

 

 

さらに第2の基本的な性質
「独自性」は

 
一人ひとりが
生き方も、在り方自体も
まったく違っている存在である、
ということを指しています。

 

 

 

 

人が成長する、とは
より主体的になり、
より独自的になっていく
ということをいいます。

 

 

 

 

そして、その2つの特性から
「創造性」が生まれてきます。

 

 

 

 

創造性は単に芸術の才能の
開発ばかりをさすのではなく、

 

 

 

もっと広く「人間性の開発
という意味が込められています。

 

 

 

 

これらは人間の本質ですから
看護師の成長にも
当てはまるはずです。

 

 

 

 

 

看護師は、
患者さんの日常生活の援助者であり、
治療も含めた
その人全体を支えていくことが

看護の専門性と言えます。

 

 

 

 

治療ができなくなっても
看護ができない
患者さんはいません。

 

 

 

そのような意味で看護は
患者さんを
最期まで生きる人として支える
重要な役割を担っています。

 

 

 

 

ところで
ほとんどの看護師は、
学校を卒業後、
病院に就職します。

 

 

 

 

しかしそこで
自身の主体性・独自性を
見失いがちになってしまいます。

 

 
日常の業務は
治療に関することに追われます。
点滴の接続・交換、検査の準備、
治療前後の観察などです。

 

 

 

 

 

 

保清などのケアは
看護助手さんに
ほぼ任せているところもあります。

 

 

 

 

また痛みや吐き気など
苦痛症状に関しては
医師の予め出してた
包括指示に従います。

 

 

 

 

 

このような毎日は
いつしか「自分で考える」ことが
置き去りになってしまいがちです。

 

 

 

 

 

病院は治療主体の場です。
欧米とは違い元々日本では
医師の補助のために
看護師が働いてきた歴史があります。

 

 

 

 

 

ですから、なかなか
看護師が独自性を
主張しにくかったという
経緯があります。

 

 

 

 

 

医師の手足としての看護師
という側面が強くなると

 

 

 

 

ますます主体的とは反対の
何事も受動的な
ナースになっていきます。

 

 

 

 

そうなると、
この仕事の意味も面白さも
感じられなくなっていきます。

 

 

 

 

主体性、独自性を
発揮しにくいということは
必然的に創造性も
発揮しにくい状態です。

 

 

 

 

すると、何事も
ルーチンのような
味気ないものに

感じてしまいます。

 

 

 

 

ただでさえ、激務ですから
面白みもない、
身体も大変、となると
ますます心身の力が
萎えていきます。

 

 

 

 

これらは、人間の本質に
逆らっていることでの
悪循環だと思います。

 

 

 

 

 

しかし、
ここで私は思うのです。

 

 

 

 

そんな看護師にある意味
人間としての力を
下さっているのは
患者さんではないか、と。

 

 

 

 

患者さんは目の前で
ご自分の生身で
生きている姿を
見せて下さっています。

 

 

 

 

生身での姿とは
楽しい、嬉しいばかりではなく
苦しい、悲しい、
どうにかなりたいと
もがいている姿も含めてです。

 

 

 

 

死にゆく患者さんでさえ
今を生き切ろうとされておられます。

 

 

 

私たちが置き去りにしていた
人間としての本質を
刺激されるのは

 

 

 

そのような患者さんの
人間としての生身の姿
ではないでしょうか。

 

 

 

 

そんな患者さんを前に
私に何かできないか
何とかならないか、と

 

 

 

 

こうしなきゃ、ではなく
こうしてあげたい、と

 

 

 
できる・できないは別にして
そう思い、考えること自体が
主体性、独自性、創造性の萌芽です。

 

 

 

 

人間本来の性質のように
自分が動いていくと
より力が湧いてくるようになります。

 

 

 

 

現状は変わらなくても
やりがいや達成感などが生れてきます。
それは看護師としての喜び
人としての喜びがあるからです。

 

 

 

 

自分の力に目覚める看護師
たくさん増えることを
私は願っています。

 

 

 

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