自分の死を感じ抑うつ状態にある患者さんへどう関わることが大切か

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がんの進行で治療の効果もなく
身体がどんどん変化していき
身体も気持ちも辛くなっていく時期にいる
患者さん(Aさん)の

 

傍に近づき関わることを続けよう
と決めてから

 

 

私自身は
Aさんのことを
自宅にいても常に考えるように
なっていきました。

 

 

 

Aさんのことを思ってというよりも
自分自身がどのように関われば
いいのかわからず
苦しい思いからです。

 

 

 

話し掛けても
表情はすぐれず、会話も続かない。
そんなAさんに

 

 

 

私は毎日
明日はどのように関わろうかと
掛ける言葉を考えていることが
多かったのです。

 

 

 

しかし、実際にそのAさんを
目の前にすると
どのような言葉も
とても出て来ないものでした。

 

 

 

考えてきた言葉を
苦し紛れに
一言二言出すことはありましたが

 

 
とてもその場にはそぐわず
立ちすくんでしまうばかりでした。

 

 

 

自分が初めて
そのような心境になり
Aさんを担当している研修医に
自分の思いを漏らしたところ

 

 

 

「僕もそうですよ。
いつもAさんのこと考えてます。
シャワーを浴びてても
どうしてあげたらいいかと考えてます。」

 

 

 

と研修医が言いました。
何だか、自分一人ではないという
連帯感と

 

 

 

私やAさんのご家族以外にも
いつもAさんのことを考えている人が
いるのだとわかって
とても嬉しく思いました。

 

 

 

あれから10年程経ち
この時の私に
掛けたい言葉があります。

 

 

 

それは患者さんが
自分の死は免れないことを感じ取り
苦しんでいる時期に

 

 

何も話してこなくなったり
関わりに反応を示すことが
少なくなったりしていくのは
当然だということです。

 

 

 

認めがたい衰えを感じ
希望を見い出せなくなっている時には
エネルギーを外に
向けられないものです。

 

 

 

E・キューブラー・ロス博士は
死の受容過程を5段階に分け
否認、怒り、取り引き、抑うつ、受容という
感情を経ると言っています。

 

 

 

全ての患者さんが
このような経過を経るとは限りませんが
その頃のAさんは
まさしく抑うつの段階に
おられていたのです。

 

 

当時の私はこれらの
知識は持っていたのですが

 

 

 
実際に目の前にいるAさんと
受容の過程の知識とが
結びついていなかったのです。

 

 

 
自分の見えようで
私に心を閉ざしていると
感じてしまったり
私の関わり方が悪いのかと
思ってしまったり

 

 

 

常にうろたえるような
思いをしていました。

 

 

 

患者さんの心の苦しみ
あるいはスピリチュアルな苦しみに
寄り添うとは

 

 

 

苦しみの中に
おられている患者さんを
そのままに認めることなのです。

 

 

 

言葉のない時は
言葉のないままに
傍にいる。

 

 

 

それだけでいい
と思えることが
大事なんだと思います。

 

 

 

緩和ケア医の柏木哲夫先生の
『死にゆく人々のケア』という本に
書かれているのですが

 

 

 
誰が訪室しても
ほとんど口をきかなかった
うつ状態の強かった
がん患者さんがいたそうです。

 

 

 

その方に
ある看護師が毎日訪れ
ベッドのそばの椅子に座って
一定時間を過ごしていたそうです。

 

 

 

その患者さんは後から
あの看護師さんが
毎日来てくれたことがとても嬉しかった、
と言っていたそうです。

 

 

 

本文の引用です。

 

 

死を知った患者は何らかの
交わりを求めているのではないでしょうか。
その交わりは、
なにも会話である必要はありません

 

 

 

目と目を合わすこと
そっと手を握ること
何も言わずに
患者のそばに座っていることなど

 

 

 

非言語的なコミュニケーションが
重要な意味を持つ時期があります

 

 

 

当時の私も
このようなことをしっかり把握して
関わることができていたら

 

 

もっと腰を据えて
Aさんに関わることができただろうなと
少し酸っぱいような気持ちを
今感じています。

 

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